旅行記
Travelog

インド旅行記・ラジャスタン編 2 ハミッド・カーンと会う

 ここ数年、私達の旅は誰がしかのミュージシャンを訪ねたり、音楽フェスに行ったりと、音楽がテーマになっている。ミュージシャンを訪ねるなんてなんだか大事っぽいが、事前にメールでアポをとり、現地に着いたら電話で「今着いたんだけど〜」と連絡すると、たいていは気前よくインタビューの時間を割いてくれる。(といってもやるのは旦那で私は何もしない)遠い異国からわざわざやってきた物好きなジャーナリストにみんな思いの外親切で、最近はそういう親切にすがった、ずうずうしい旅をしている。特に私なんか妻という立場を利用し、コバンザメのように付いていくだけで、憧れのミュージシャンに会えたり、ときには上手いめしをご馳走になったりできて、本当に有り難いことであります。
 さて、ここで私達はジャイプールの郊外アンベールに住んでいる、ムサフィールのリーダーハミッド・カーンに会う約束を取りつけていた。ムサフィールはラージャスタンの伝統的な音楽やダンス、アクロバティックな芸を北インド古典音楽とミックスさせ、ヨーロッパを中心に活動しているグループである。サラームが以前彼らのハンブルグ公演を観た際にハミッドにインタビューをし「今度アンベールに遊びに来い!」いう社交辞令を真に受けて、のこのこやって来た訳。
 到着した夜に早速ハミッドの自宅に電話してみると、翌日ホテルまで迎えにくるという。ハミッドは小柄でエネルギッシュで表情豊かな人物だった。やあやあと挨拶するとすぐに「ミュージシャンが待ってるんだけど、一緒に行くか?」と言い出す。もちろん!と答え、街の中心までサイクルリキシャーで行き、そこで彼はしばらく何かを探している。どうもミュージシャンが何処にいるのか知らないらしい。約束してるわけじゃないのかなと、展開の読めないまま付いてゆくと、ヒンディー語しか書いていない完全現地人仕様のホテルにたどり着いた。
 薄暗く細い階段を上って一番上の階の部屋を訪ねると、いきなりそこにカラフルなターバンを巻いた白服のミュージシャン達が集っていた。ダブルベット一つ置くといっぱいになる狭い部屋に、5,6人いる。ここでみんな一緒に寝てるのかな・・?とにかく目前に、写真集とか映画で見たそのまんまのいでたち人々が現れたので、私はすっかりびっくりしてしまう。彼らも突然現れた日本人になんだなんだという顔をしている。10歳くらいの澄んだ目をした男の子が、好奇心一杯の顔で近づいてきて握手を求めてきた。この子が実は今日の主役だった。ハミッドが何か言うと、みんなは屋上にあがり、演奏の準備をはじめた。件の男の子がおぼつかない手つきで、ターバンを巻き始める、ああ、あの子もミュージシャンなんだと思っていたら真ん中に座って歌い始めた。力強く表情豊かな声に驚く。変声期前の高く澄んだ声。何よりも歌うことが楽しくて全力で歌っている真剣なまなざしに惹きつけられる。カワイイ男の子と思ってたけど、後で現像した写真を見ると、歌ってる時の彼はほとんど大人の表情だった。ピュアなんだけど、子供特有のぽわ〜んとした顔つきじゃない。顔つきがきゅっと厳しくて、これでお金をかせいでいる人のまなざしだ。とにかく彼の全力を捧げて歌い上げてる表情にすっかりまいってしまった。

ケイタ君


 演奏が始まるとホテルの従業員が集まってきたり、どこからともなくミュージシャンが現れる。本当にみんなイイ顔なんだよね。黄色いターバンをきゅっと巻いて、見事なヒゲに金のピアス。存在感ありすぎ。その後ヴォーカルが変わったり、カルタールが入ったりして演奏は3,40分ほど続いた。すぐ目の前でもの凄い演奏が展開されて、圧倒れつつ、これっておひねりいくらあげるべきなんだろうと、余計な心配が胸をよぎる。どういう経緯でみんな演奏してくれているのか実はよく分からないのだった。私達の為に特別に演奏してくれてるのか、一体なんなのか?私達としてはこんな素晴らしい音楽を延々と聴かせてもらって、300でも400でもあげたいってくらいなんだけど。演奏が一通り終わって、こそっとハミッドに彼らにお礼を渡したいと言うと、それは食事の後で、と答える。
 ホテルを出て、近くの食堂にみんなで食事に行く。ターバンを外した男の子はまたもとのニコニコ顔の子供の表情に戻っていた。彼の名前は「ケイタ」(そう聞こえた)、英語が全く話せないのだが、サラームが映画音楽のメロディーを口ずさむ(彼はどこへ行ってもこれでウケを狙うのだった)と、「ヤーヤー」とすごく喜んで一緒に歌ってくれる。めちゃくちゃカワイイのだ。このミュージシャン達は実は2つの集団に別れていて、一つはジョードプル、一つはバルメールに住んでいるグループで結婚式の為に呼ばれて来たらしい。マンガニャールカーストで、ムスリムだとのこと。
 彼らの行きつけらしい食堂でパラクパニール、チャナマサラ、ダルを食べるが、カルカッタやデリーのよりもさっぱりシンプルな味付けだ。聞けばラージャスタンの人々は8割くらいベジタリアンだということ。行く前は砂漠の国だし、パキスタンに近いから味付けも油っぽくて、カバブとか食べてるのかと思っていたのに、実際来てみないと分からないことって多い。
 食事後ハミッドに再度、彼らにお礼をしたいというと「必要ないよ」と答える。「僕は彼らと打ち合わせがあるから、先に帰ってくれ、後で連絡するから」と言われる。なんだか感動しつつも、よくわからないまま、いいのかなあと思いつつ、彼らと別れる。後でハミッドの奥さんから聞いたところでは、ハミッドはヨーロッパ公演のない冬の間は、新しいメンバー探しをしているらしい。どうやらこれもその一つだったようだ。ハミッドに「この後時間があるならシティパレスに行って来い、綺麗だよ。」と薦められ出かけるが、さっきの演奏の熱気が頭から離れず、何を見ても、あまり身にに入ってこない。ムサフィールのメンバーじゃない彼らとは多分、もう2度と会うこともない、この土地にはああいう無名なミュージシャン達が一体どのくらいいるんだろう。

屋上にて