旅行記
Travelog
インド旅行記・デリー編1 デリーへ
1月19日思いのほか長く居てしまったカルカッタを後に、ラージターニ・エクスプレスでデリーへ向かう。エアコン2等寝台2500rp 食事付きの豪華車両。私たちは以前一度だけガイドブックによれば「庶民とふれあえる絶好の場」という普通2等寝台に乗ったことがあるけど、一度でギブアップ。だってめちゃくちゃ疲れるんだもん。道歩くだけでもう十分ですって。以来絶対エアコン車両を死守している。確かに乗る車両によって雰囲気が恐ろしいほど変わっちゃうのがインドらしいところ、エアコン車両はぱりっとしたビジネスマンや裕福そうな家族連れでのんびり落ち着いた雰囲気。戦場のごとき2等車両とは別世界なのだ。それでもカルカッタからデリーまで19時間もかかるんだから、少しは楽させてよ。結局列車は4時遅れ、22時間かけてデリーに到着した。
デリーにほ6年前、ヴァラナシからゴアへ向かう中継地点として立ち寄ったことがある。その時も冬でどんよりと薄ら寒く、雨ばかり降っていた記憶しかないのだが、今回も同じ。灰色の空が街を覆っている。早速「パハール・ガンジ(安宿街)は閉まっているぞ」とか「ツーリストインフォメーションはこっちだ」と強引な客引きが走りよってくるが、無視。どうも北インドにいるといつも「人間力ジャンケン」してるような気分になるんだよね。出会った瞬間にこっちの人間力を推し量られているようで。でもって自分より弱いなと判断されると、思いっきりつけ込まれる。だからだんだん顔つきがコワい人になってくるのだ。そういう感じはしょっちゅう職業を訪ねられることでも解る。職業でカーストを推し量っている訳。ライターの夫はいつも「ジャーナリスト」と答えるのだがこれは結構効く。ジャーナリストっていい職業みたいなんだよね。さらに前述のザキールと一緒に撮った写真を見せるともう完璧。ザキールってインドでは普段古典を聴かないような人もみんな知っている超有名人だったのだ。
で、私はというとイラストレーターという職業がないので「ペインター」とか「漫画家」と答えるのだが、これは今イチらしい。インドでは自分の身分をどんどん誇張しましょう、お父さんは医者だとか学者だとかね。話はややそれるが、M・K・シャルマの日本滞在記「喪失の国日本」という本の中にも、かつて日本からインドに赴任してきたビジネスマンは、きちんとした肩書きが付いていないためインド人からバカにされ苦労した、という記述があった。実は肩書き社会だったのだインドって。
デリーで私達はHotel Relaxという宿に滞在した。ここはパハールガンジの中にあって、例外的によく手入れされ、センスのいい調度品が並んでいて落ち着いた雰囲気。バザールの様子が見渡せる大きなテラスがあるのも良かった。値段は800~1000rp。が、我々の泊まった部屋はヒンドゥー寺院とシーク教の寺院に面していて、朝5時くらいに拡声器からえんえんとお祈りの声が流れ始めるのだった。2つ寺があるから、それが2時間ぐらい続くのである。しかも早朝からまったく容赦しないヴォリューム。まあ、不快な音じゃないから別にいいんだけど。この国の人たちは大きい音=他人の迷惑という概念が全く欠如しているのだろうか?
ここでは夫がデリー在住のエレクトロニック音楽のユニット、ミディヴァル・パンディッツにインタヴューする以外特別予定もなかったので、前回ほとんどしなかった観光でもしようかと思っていた。インド映画によく出てくるチャンドニーチョウクも行ってみたいし。ところが、予想外に寒く(日本の11月くらいの気温だった)着いて早々風邪をひいてしまう。基本的には暑いところなので部屋の中に暖房なんかもちろんないし、暑さをしのぐ作りになっている部屋は、寒いと本当に冷え冷えするのだ。シャワーも小さいタンクでお湯をためているので、素早く浴びないとすぐに水になり体を暖めている余裕もないのである。これなら暑くてへたってる方がましだよ。(夫曰くどっちでも機嫌が悪いらしいけど)おまけに雨まで降り出した。雨が降るとパハールガンジ一帯は泥だらけになり、そこに牛やら犬やらリキシャーや屋台の荷車がひしめき合うので、50メートル歩くだけでやたらに疲れる。もうどこへも行く気がしないっす。き、厳しい〜。負けまくってるな今回の旅。