若山ゆりこの近況
Yuriko's News

2003/11/6

 ここのところ変に湿気があるけど、秋が深まって気持ちもしゃっきり落ち着いてきました。
 私はやはり寒い方が調子がいいようで、ようやく創作意欲も沸いてきて、この頃はどしどし絵を描いています。そうすると、あんまり外出する気もおきなくて、運動不足で身体が重くなってきます。掃除も面倒くさくなって部屋が汚くなってきます。でも、気分はとってもいいのです。健全な精神は健全な身体にやどるという言葉はどうかと思うんですよね。創作意欲が沸かない時期は仕方なく、色々出歩いたり、こまめに掃除したりよく動くから、身体は結構具合いがよろしい。しかし心の中はいつもなにか気が抜けたようで、その不安な気持ちを紛らわすためにせめて運動してるようなものです。どっちの状態が人間にとって良いのでしょう?心と身体は繋がっているようで、微妙に繋がっていないのですねえ。

  さて先日、引越をして自分の部屋にストーブが必要になったので、ビックカメラに買い物に行きました。最初からデロンギ社のオイルヒーターを買おうと思ってたんだけど、なんか店員さんがやけに薦めないんだなあ。オイルヒーターは暖まるのが遅いからセラミックファンヒーターの方がいいと、でも、オイルヒーターを買うつもりだったんですが、というと、暖まりが悪いですよと念を押すのであります。でも、部屋に紙類がちらばってて危ないし、何と言ってもオイルヒーターの方がデザインもカワイイので初志貫徹で購入しましたが、これがとっても幸せな暖かさなのですよ。温風ののぼせるような熱さと違って、じわ〜ぽわ〜っとそこはかとなく部屋が暖かくなって、やる気の起きる暖かさというのでしょうか? 音が全くしないのもイイですね。北海道育ちなんで冬の寒い部屋は本当に嫌いなんです。冬なのに部屋の中が寒い、これは最悪です。心から冷え冷えして寂しすぎるじゃないですか!でも、エアコンやガスストーブで暖めすぎると窒息しそうになるんで困ったもんだと思ってたんですよ。いや〜久々にイイ買い物したな。店員の言うとおりに買わなくて良かった。(でもきっとちゃんと暖まらないって、お店に苦情が来たんだろうなあ。)何か、寒い冬の日にぽかぽか暖かい部屋の中で(夏の暑い夜中ではダメなのです)夜遅くまで、机に向かっているのが自分にとって妙に落ち着いて、一番満ち足りた時間に感じた、10代の頃の感覚を久々に思い出しました。このストーブのおかげで創作意欲が戻ってきたのかも。ありがとうストーブさん。


デロンギヒーター


 と言う感じで、この頃は静かに過ごしているのですが、先月行った面白かったイベントとしては、10月9日〜19日まで行われた、「トルコ映画の現在」という上映会がありました。最近のトルコの話題作が10作品上映されたんですが、そのうち5本(うち一本は別の映画祭で観た)を観ました。私はとても映画ファンと名乗れる人間ではないのですが、こういう普段余り見れない国の映画を観るのはすごく好きなんです。多分旅行した気になれるからなんでしょうね。それとその国の価値観というか美意識みたいなものもかいま見れる、それが楽しいのです。普通に旅行しても道端や家庭で人がどんな会話をしてるかってとこまではわからないわけで、映画なら誇張されてるにしても、だいたいの雰囲気は掴めるし、それが日本語字幕で観られる機会は貴重です。
 今回印象的だったのはどの映画も、オヤジの友情物語が軸になってること。サッカーものとか、アクションとか色々観たんだけど、中心になっているのはオヤジ。若者の青春群像とかじゃないし、結婚式物語でもないんだなあ。オヤジの任侠世界がメインってどうよって感じなんだけど、オヤジが未だパワー持ってる国なんでしょうかね。でもその細やかなオヤジの心の描写がけっこう日本人のオヤジ魂とシンクロするところがあるんですよね。情に厚くて、自分の心を素直に表現できなくて顔で笑って心で泣いてみたいなところが、ヨーロッパ人とも違うし、周りの中近東の国よりウエットだし、そこが日本がトルコ好きになる所以なんでしょうか。そういや平日の昼間に観に行ったときは、客が何故か初老の男性ばかりで、これは映画好きなのかトルコ好きなのか?と思っていたのですが。ああいうおじさん達にしたらいい年のオヤジがラク飲んだくれて、青春物語してるなんてうらやましいだろうなあ。日本のオヤジは肩身狭いもんねえ。
 トルコ映画に比べたら、インド映画なんて個人の感情ないよなあ、メインはお約束の結婚式、それも必ず一目惚れ、その間の感情の流れや成長は歌一曲ですっとばし。多分個人なんてどうでもイイ国なんだろうなあと。まあ何度も生まれ変わってくるわけだし、10億人もいるわけだし、もっと大きいサイクルで物を考えているんでしょう。私達が「普通」考えてるのと違う次元のゴージャスな世界が展開するのがインド映画の魅力な訳で、国がちょっと変わるだけで登場人物の描写も変わってしまう、それをのぞき見るのが、私にとっての映画の楽しみであります。


ギュレギュレ


 さて、先日久しぶりに大学時代の恩師である巌谷國士氏とお話する機会がありました。シュルレアリズムの研究家であり同時に紀行文をたくさん出版されている氏は私の旅好き人生の出発点で、すごく影響を受けた方なのですが、その時に小泉八雲のことを調べているという話になりました。小泉八雲ってもちろん知ってるけど、まともに読んだことがなかったので、なんとなく流し聞きしていたのですが、数日後古本屋で文庫本が100円で売られているを発見し、何かの縁かと買って読んでみると・・面白くてあっといまにはまってしまいました。美しくて不思議な怪談ものはもちろんのこと、彼が初めて日本を訪れた時のエッセイ集など、そこに描かれている絢爛なエキゾ世界にすっかりまいってしまった。まさにここにはない日本ですよね、すーっと吸い込まれてしまいそうな、夢の中の世界のようで、もちろんそういう日本は当時の日本人の中にもなかったんでしょう。外国人だからこそ描けたんでしょうね。
 私は旅行をしていて、ただ通り過ぎてゆくだけの旅行者が、一体どれだけその国のことを分かることができるんだろうと、結局上辺だけ眺めて知ったかぶりするくらいしか出来ないじゃないのかと、自分のしていることに疑問に思うこともあったりしたのですが、コレを読んで考えを改めましたね。外側から見ることによって的確に捉えられることもあるんだなあと。内側にいると当たり前すぎて、変化にも気づかず忘れ去られてしまうことや、どうでもいいこととして捨ててしまうことの中にある美しさを、物好きにも発見して記録しているのはいつも外側からやってきた好事家なんですよね。もちろん、それをやりとげるには自国の常識に囚われない、澄みきった感性が必要なのでしょうけど。この人のまなざしは本当に澄んでますねえ、まずそれに驚かされました。これだけ世界が狭くなった時代でも、お互いの文化に対する誤解はいっぱいあるし、どうしたって自分の国の常識が正しいと思いたいのが人の情でしょうが、その辺を100年前にクリアしているのに感動しました。日本に来る前にも方々を放浪していたからこそでしょうけど。
 彼の本を読んでいると、日本ってこんなに美しい国だったわけ?と、いけてないと思っていた自分が急に世紀の美女!と絶賛されたような奇妙な気分になってしまうのですが、まあこれは100年前の話で。今の都会の喧噪を目の当たりにしたら小泉八雲さんも泣けてきちゃうだろうなあと、考えてすぐ思いなおしました。多分今でも、この瞬間でも、忘れ去られる寸前のかけがえのない美がどこかにあるんですよね。それをどこかの国の物好きが発見してくれていることを願います。


小泉八雲