Interview with Fatih Akin about Music

先月、現在日本公開中の映画「女は二度決断する」の監督で、トルコ系ドイツ人のファティ・アキンが3月下旬に来日した。
「太陽に恋して」以来、ずっと彼のファンだった僕は彼に音楽面に絞ったインタビューを行うことができた。そして、J-WAVE ORIENTAL MUSIC SHOW で2回にわたって「ファティ・アキンの映画音楽」を特集した。現在、5月5日放送の後編をRADIKOのタイムフリーで聴ける。

長年の彼のファン、そして中東音楽ファンにとって腑に落ちることが多いインタビューなので、ラジオ本放送後も、ずっと読めるように僕のサイトに掲載します。

〜貴方の映画には音楽がとても重要な要素になっています。どうやって魅力的な音楽を見つけ、映画にフィットさせているんですか?

FA「音楽が好きだからさ。人生においてずっと音楽を愛してきたんだ。僕はミュージシャンになりたかったんだけど、フィルムメーカーになるほうが簡単だったんだ。フィルムメーカーの素晴らしい所は沢山のアートの形式を組み合わせることが出来ること。
文学、演劇、俳優、写真撮影、動画、そして音楽も組み合わせられる。映画と音楽という2つのアートの形式は兄弟や姉妹みたいなものさ。そして、僕は人生において映画と音楽、この2つだけをずっと集めてきたんだ」。

1.Brooklyn Funk Essentials Feat. Laco Tayfa「Ska Ka-Bop」from「太陽に恋して」

FA「「太陽に恋して」を撮影している時、1999年だった。僕はこの曲を知らなかったし、ブルックリン・ファンク・エッセンシャルズもラッチョ・タイファも知らなかった。映画のセットのために働いていたトルコ人のクルー、運転手らがこのアルバムを聴いていたんだ。それは映画のためのトルコ人クルーのためのサウンドトラックのようだった。
僕はこのバンドにとても好奇心を持ち、熱狂的になった。西洋音楽がオリエントの音楽とミックスするというコンセプトの音楽を聴いたのはほぼ初めてだったし。そしてすぐに恋に落ちて、深いアイデンティティーを感じ取った。この音楽は僕のための音楽だと。僕のサウンドトラックじゃないかと。このアルバム全体が明るくハッピーなんだ。それは子供っぽくて、単純にハッピーな映画「太陽に恋して」と完璧にフィットしたんだ」

2.Sertab Erener 「Music」from「クロッシング・ザ・ブリッジ サウンド・オブ・イスタンブール」

FA「ブルックリン・ファンク・エッセンシャルズとラッチョ・タイファを好きになり、その感覚は長年続いた。自分なりにそうした音楽を分析したかった。東洋の音楽と西洋の音楽をミックスするというアイディアを解決出来るならば、世界のほかの問題も解決出来るんじゃないかと思ったくらいだよ。
映画「愛より強く」の後、僕はすぐにドキュメンタリー「クロッシング・ザ・ブリッジ」を作り始めた。「愛より強く」にもこうした音楽を沢山用いたんだけど、それでも足りなかったから、「クロッシング・ザ・ブリッジ」を作ったんだ。
僕はマドンナの熱心なファンではないけれど、「ミュージック」は大好きな曲だった。この曲の歌詞、「音楽が人々を一つにする」という歌詞は、僕が表現したいことを表現していた。そこでこの映画をこの曲のセルタブ・エレネルが歌うカヴァーで終わらせたかった。これは映画の最後に流れるけど、映画のストーリーの寓意になっているんだ」

3.Kazim Koyuncu & Sevval Sam「Ben Seni Sevduğumi」from「そして、私たちは愛に帰る」

FA「そして、私たちは愛に帰る」はとてもパーソナルな映画だ。それは僕のルーツ、祖父がどこから来たかを求める旅から始まった。僕はこの映画にパーソナルな旅路を表現する機会を持てた。
祖父の小さな村を旅していた時、ガソリンスタンドで停まった。するとそこでキャーズム・コユンジュが歌うこの曲が流れていたんだ。そしてすぐに大好きになってしまった。従業員に、これは誰が歌っているのと聞くと、彼はこの曲の名前と、歌っているのはキャーズム・コユンジュ。そしてキャーズムの物語(黒海地方で反体制的な歌を歌い続け、人気を得たが、癌で早逝。チェルノブイリの被爆によると言われている)を話してくれた。僕はドイツに住んでいたので、キャーズムのことを知らなかったんだ。ガソリンスタンドの従業員の話を聞きながら、僕は一つ一つ映画の脚本を思い浮かべていった。映画のオープニングはまさにこの時の会話から出来上がっている。だからこの時の状況がこの映画のキーなんだ」

4.Shantel 「Manolis O Hasiklis」from 「ソウル・キッチン」

FA「東洋と西洋のフュージョンを行っていたのは僕一人ではなかった。それはまるでドミノ効果のような、神経が延びていくような、ある種の人々、ある種のグループで同じアイディア、同じコンセプトを同時に行っていたんだ。その一人がシャンテルだった。彼はブカレストから来たユダヤ人なんだ。彼はブコビナ(ルーマニアとウクライナの間の土地、ロマ民族が多い)というコンセプトに出会う前はエレクトロニック音楽のDJだった。一旦彼はブコビナという彼自身のルーツに出会って、彼自身の来歴を自分の音楽に埋め込んだんだ。以前、僕がDJをしていた頃、いつもシャンテルをプレイしていた。彼の曲は聴いた途端に踊りだしたくなる、自動的に、それ以外のチョイスはない。後に彼に会った時、彼は「Planet Paprika」アルバムを作っていた。そのアルバムを聴いてこの曲「Manolis」を見つけた。この曲は古いギリシャの歌だし、「ソウル・キッチン」はギリシャ人の目を通した映画だ。だからこの曲を使ったんだ」

~僕も「ソウル・キッチン」の二枚組CDが大好きです。まるでファティ・アキン自身のパーソナルなコレクションみたな内容ですね。ソウル、ディスコ、レンベーティカ、エレクトロニカなど。

FA「僕自身DJだし。とても感謝しているんだ。映画にも出来たし、同時に、このアルバムを作れたことに。僕自身の選曲だし、僕自身のミックスだし、僕自身の視界だった。実は映画よりもサントラ盤のほうが作りたかったくらいだよ。しかし、映画のほうが儲かったけどね」

5.Alexander Hacke「Rakel by the Wall」from「消えた声が、その名を呼ぶ」

FA「アレキサンダー・ハッケとは長い付き合いだ。彼は「愛より強く」の音楽の相談役だった。彼はセリム・セスレルのレコーディングも仕切ってくれた。あの映画を2つに分ける、ボスポラス海峡の前で演奏するシーンだ。それ以来、音楽を通じて彼とは友情を深めていった。「愛より強く」の後には「クロッシング・ザ・ブリッジ」に繋がった。人生をかけた仕事だった。
「消えた声が、その名を呼ぶ」を作っている時、映画を古典的な西部劇のように作りたかった。ジョン・フォード作品のように。でも音楽は現代的で暗い音楽を使いたかった。古典的な西部劇とは変えるために。だからアレックスに頼んだ。彼は作曲家であると同時に、サウンドの実験主義者だから。この映画には実験的なサウンドが欲しかったから。シャンテルやジョシュ・オムら、数人の作曲家と知り合ったが、アレックスは常に僕のそばにいる。

6.Hindy Zahra「The Blues」from「女は二度決断する」

FA「「消えた声が、その名を呼ぶ」を作っている時、ヒンディー・ザハラの音楽を見つけた。確かフランス人のジャーナリストが僕に彼女のCDをくれたんだ。あれは「ソウル・キッチン」のプロモーションでパリにいた時だった。1stアルバム「ハンドメイド」だった。そしてすぐに彼女の音楽に恋に落ちた。再び、ここでも東洋音楽と西洋音楽、ブルースとのミックスを見つけた。なんとなくヒンディーは僕のソウルシスターだと思う。彼女は美しいし、彼女のスタイルも好きだ。だから、彼女に「消えた声が、その名を呼ぶ」に出てくれと頼んだ。すると彼女はそれを受け入れてくれた。そして曲を書いてくれた。以来、彼女のファンになった。「女は二度決断する」を作っている時、彼女のニューアルバム「Homeland」を手に入れた。アルバム全部が大好きになった。特にこの曲「ブルース」が。この曲を聴いた時、これは映画に入れなければ!と思った。だから、ダイアンが車を運転している時にこの曲を流した時は鳥肌が立ったよ」